「部屋に知らない人がいる」「虫が壁を這っている」
ご家族が突然、ありもしないものが見えると言い出したら、驚きと不安でいっぱいになりますよね。
「認知症のせいかもしれないけれど、どう接していいかわからない」と悩む介護者は少なくありません。実は、認知症による「幻覚」は、ご本人の脳の病気が引き起こす症状であり、ご本人にとっては「間違いなくそこにある現実」です。
この記事では、国や公的機関の情報を基に、幻覚が起こりやすい認知症の種類と、ご家族を安心させるための具体的な介護のポイントを分かりやすく解説します。
認知症で「幻覚」が見えるのはなぜ?
そもそも、なぜ認知症になると幻覚が見えるようになるのでしょうか。まずはその基本的なメカニズムと、よくある「見間違い」との違いを理解しましょう。
幻覚(幻視・幻聴)が起こる基本的なメカニズム
認知症の症状は、記憶障害などの「中核症状」と、そこから派生する「周辺症状(BPSD)」に分けられます。厚生労働省や国立精神・神経医療研究センターの解説でも、幻覚や妄想は代表的な周辺症状(BPSD)として挙げられています。
脳の機能低下によって、目や耳から入ってきた情報を正しく処理できなくなることや、環境の変化に対する強い「不安・ストレス」が複雑に絡み合って、幻覚が引き起こされると考えられています。
「見間違い(錯覚)」との違い
幻覚と似たものに「錯覚(見間違い)」があります。
錯覚は、壁のシミが虫に見えたり、風の音が人の声に聞こえたりする「何かしらの原因(対象物)がある」状態です。一方、幻覚(幻視・幻聴)は、「そこに何もないのに、はっきりと見えたり聞こえたりする」という違いがあります。
注意!急な幻覚は認知症ではなく「せん妄」の可能性も
高齢者に幻覚が見えたとき、認知症ではなく「せん妄(せんもう)」を起こしているケースも少なくありません。
「せん妄」とは?認知症との違い

せん妄とは、身体的な不調や薬の影響などが原因で起こる「急性の脳機能障害(軽い意識障害)」です。 国立長寿医療研究センターなどの解説によると、認知症が数ヶ月から数年かけてゆっくり進行するのに対し、せん妄は「昨日まで普通だったのに、数時間〜数日で急に幻覚があらわれたり、つじつまの合わないことを言い出したりする」というように、発症が非常に急激であることが最大の違いです。また、1日の中でも症状に波がある(夕方から夜にかけてひどくなる等)のも特徴です。
せん妄を引き起こす主な原因
せん妄は以下のような身体的・環境的なストレスが引き金になります。
- 脱水症状や便秘
- 発熱や感染症(肺炎、尿路感染症など)
- 薬の副作用(新しい薬を飲み始めた、種類が増えた等)
- 入院や手術など、急激な環境の変化
急激な幻覚や錯乱があらわれた場合は、身体の病気が隠れているサインかもしれません。決して放置せず、速やかにかかりつけ医を受診してください。
幻覚があらわれやすい認知症の種類と特徴
幻覚のあらわれ方は、認知症の種類によって大きく異なります。ここでは、特に幻覚がみられやすい種類とその特徴を解説します。
レビー小体型認知症(最も幻視が多い)

幻視が最も多くみられるのが「レビー小体型認知症」です。 国立長寿医療研究センターなどのデータでも、初期段階から非常に高い頻度で幻視があらわれることが分かっています。
「部屋の隅に子どもが座っている」「布団の上に虫がたくさんいる」など、ご本人には色彩まで伴って非常にリアルに見えているのが特徴です。そのため、本人が怖がったり、払いのけようとしたりする動作がよく見られます。
アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症は、初期の段階で幻覚があらわれることは比較的まれですが、症状が進行した中期以降に見られることがあります。
また、幻覚よりも「物盗られ妄想(財布を盗まれた等)」が目立つのが特徴です。これは、自分が財布をしまった場所を忘れてしまう「記憶障害」を補うために、脳が「誰かに盗まれた」というつじつま合わせをしてしまうためだと言われています。
脳血管性認知症などその他の認知症
脳梗塞や脳出血などの後遺症として発症する「脳血管性認知症」や、性格の変化が目立つ「前頭側頭型認知症」などでも、脳のダメージを受けた部位によっては幻覚や妄想を呈するケースがあります。
【実践】幻覚を訴える家族への接し方と介護のポイント

ご家族が幻覚を訴えたとき、介護者はどのように対応すればよいのでしょうか。ここでは、ご本人を安心させるための実践的なポイントをご紹介します。
絶対に「否定しない・怒らない」が鉄則
厚生労働省が推進する「認知症サポーター養成講座」などでも、認知症の方への対応として「受容と共感」が最も重要だとされています。
「誰もいないでしょ!」「いい加減にして!」と怒るのはNGです。ご本人にとっては本当に見えている「現実」なので、否定されるとパニックになり、家族への不信感に繋がってしまいます。
安心感を与える声かけの具体例
まずは「虫がいるんだね、怖いね」と、本人の見えている世界と感情を受け止めましょう。その上で、安心させるための行動をとります。
- 「一緒に別の部屋でお茶を飲もうか」と気を逸らす
- 「私が追い払ったから、もう大丈夫だよ」と(一緒に払いのける動作をしながら)安心させる
- 「戸締まりをしっかり確認したから誰も入ってこないよ」と伝える
嘘をつくようで気が引けるかもしれませんが、ご本人の不安を取り除くための「優しい嘘」は立派な介護テクニックです。
実体験:味方になることで得られた安心感
以前、私が経験したケースでこんなエピソードがあります。
「窓の外に男の人が立っている」と、少し恐怖心のある表情で言い続ける女性がいました。そこで私は、彼女の味方になろうと、私には見えないその男性に向かって大声で「あっちにいきなさい!」「警察を呼びますよ!」と怒鳴り追い払う行動をとりました。
すると彼女は、「もうどこかに行ったかい?」「これで安心だ。ありがとう」と、それまでの強張った顔から一転して安堵した表情を見せてくれたのです。このとき、彼女は私のことを「自分の世界を信じて守ってくれる味方」だと思ってくれたのだと感じました。
このように、ご本人の見ている世界を否定せず、一緒に立ち向かい安心させることは、信頼関係を深める大切な鍵となります。
部屋の環境を整える(照明や配置の工夫)
錯覚や幻覚を誘発しやすい部屋の環境を見直すことも効果的です。
- 壁にかかった服が人に見えることがあるため、クローゼットにしまう。
- 薄暗い部屋では影が怖いものに見えやすいため、照明を少し明るくする。
- 柄物のカーテンや絨毯が虫に見える場合は、無地のものに変える。
症状がひどい・介護が辛いときの対処法
ご家族の努力だけでは、幻覚がなかなかおさまらないこともあります。決してご家族だけで抱え込まないでください。
早めに医療機関(専門医)へ相談を

幻覚がひどく、ご本人が夜も眠れなかったり、怯えて興奮したりしている場合は、早めに精神科や脳神経内科などの専門医を受診しましょう。薬の調整や適切な治療によって、症状が改善するケースも少なくありません。
家族だけで抱え込まず、介護サービスを活用
介護者が睡眠不足になったり、精神的に追い詰められたりしては共倒れになってしまいます。 厚生労働省が各市区町村に設置している「地域包括支援センター」や、担当のケアマネジャーに相談し、デイサービスやショートステイなどの介護保険サービスを積極的に活用しましょう。介護者が一時的に離れてリフレッシュする時間を持つことは、長く介護を続ける上で非常に重要です。
幻覚の背景にある「不安」に寄り添う
認知症やせん妄による幻覚は、脳の機能低下や不安から引き起こされる症状です。
「見えないものが見える」と訴えるご本人が一番恐怖を感じ、不安を抱えています。まずはその不安な気持ちに寄り添い、否定せずに安心感を与えるケアを心がけてみてください。そして、医療や介護の専門家の力を上手に借りながら、ご家族が笑顔で過ごせる環境を作っていきましょう。


