「さっきまで穏やかだったのに、急に怒り出した」
「『家に帰る!』と言ってきかなくて、どう接していいか途方に暮れてしまう……」
認知症の介護をされている方にとって、ご本人の「感情のコントロールが難しくなる瞬間」は、心が折れそうになるほど辛い場面の一つではないでしょうか。
頭ごなしに否定してはいけないと頭では分かっていても、現実の介護現場ではどう対応すれば正解なのか、悩んでしまいますよね。
今日は、私が実際に経験した「帰宅願望と激しい興奮」の場面から気づいた、嘘をつかずに本人の安心感を引き出すアプローチについてお話ししたいと思います。
なぜ?認知症になると感情のコントロールが効かなくなる理由

認知症が進行すると、脳の司令塔である前頭葉などの働きが低下し、感情のブレーキがききにくくなります。
また、本人の中でも「何が起きているのか分からない」「ここはどこだろう」という計り知れない不安や、うまくできないもどかしさが常に渦巻いています。その耐えがたい不安が、怒りや拒絶、あるいは「家に帰る」という強いこだわりとなって表に出てくるのです。
だからこそ、理屈で「ここはあなたの家ですよ」「今日は帰れないよ」と説得しても、不安を煽るだけで逆効果になってしまうことが多いのです。
一緒に玄関で何時間も待った日のこと
以前、「家に帰る!」と強い不安と興奮状態で玄関先から動かなくなったご本人がいました。
帰れないよ」となだめることもできたはずですが、そのときは「とにかくこの方の不安な気持ちに寄り添いたい」と思い、一緒に玄関で何時間も待ち続けました。
最初はトゲトゲしていた険しい表情も、隣に腰掛け、同じ方向を見つめながら時間を共にするうちに、少しずつ、ほんの少しずつですが、強張っていた力が抜けていきました。
そして、時間が経つにつれ、本人の口からふっと「……今日はもう、迎えに来ないんだね」という言葉が漏れました。そのときの表情は、最初の興奮が嘘のように穏やかなものになっていました。
嘘をつくのではなく、安心感へ意識を誘導する
介護現場では「場合によっては嘘も方便」と言われることもありますが、介護する側にとって「嘘をついてごまかすこと」は、少なからず心が痛むものです。
そのとき私は、無理な作り話で丸め込むのではなく、その場の空気や本人の気持ちの流れに寄り添いながら、こう声をかけました。
「今日はみんなで、ここに泊まりましょう。大丈夫だからね」
すると、その言葉を聞いた本人は、すーっと安心したような表情になり、「よろしくお願いします」と私を頼ってくれたのです。
ごまかすための嘘ではなく、本人の今の気持ちに寄り添いながら、自然な形で意識を「安心できる場所」へと誘導していく。 そのとき、本人の心の中に「ここは安全だ」「この人は味方だ」という安心感が生まれた瞬間でした。
「安心」と「いい人」のつながりが、介護をラクにする
この体験を通して実感したのは、日々の関わりの中で「安心」や「この人はいい人だ(信頼できる)」という感覚を丁寧に繋げていくことの大切さです。
認知症の方の感情が爆発したとき、私たちはどうしても「どうやって静めよう」「どう論破しよう」と考えてしまいがちです。しかし、本当に必要なのは、相手をコントロールすることではなく、相手の不安な感情に寄り添い、安心できる着地点へそっと手を引いてあげることなのだと気づきました。
その後も、この安心の積み重ねがあることで、お互いの心が穏やかにつながる瞬間が増えていきました。
一人で抱え込まず、優しさを手放さないで
介護は終わりが見えにくく、自分の感情がすり減ってしまう日もたくさんあります。うまく対応できずに自己嫌悪に陥る日だってあって当然です。
もし今、ご本人の激しい感情やこだわりに向き合って心が疲弊している方がいたら、「正しく説得しなきゃ」という呪縛を少しだけ手放してみてください。
「安心してもらうにはどうしたらいいだろう?」という視点にシフトするだけで、介護する側も、される側も、ふっと肩の力が抜ける瞬間が訪れるかもしれません。
あなたの毎日の優しい関わりは、必ずご本人の心に温かく届いています。どうか一人で抱え込んでしまわず、時には周りや専門職も頼りながら、ご自身の心も大切にしてくださいね。

